世界中を旅すると、地域にそった音に出会う。
気に入った音楽の「カセット」「CD」を買って、帰国してから聴いてみると、なんとなく「ちがうんじゃないか」と思う。
音は風景の中の1つだからだ。
「風土」の中でオトが生まれ、育つからだろう。
ウイーンの小さな音楽会で聴いた音楽も、
トルコのイエニチェリ軍楽隊の独特のリズムも、
モンゴルの馬頭琴の哀しげな旋律も、
風景に寄り添ったオトである。
地域の伝統と歴史に繋がっているからだろう。
音の共通語と音楽の発展
古くから音律の研究がされてきたが、17世紀の欧州で「平均律」が整理されてから、世界中どこでも同じ「楽譜」で、作曲されたり、演奏することができるようになった。
「音の共通語」ができたのである。
私は小さなころにピアノの演奏を学習したことがある。
<ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド>を1オクターブといって、波長を全音と半音で12等分したものだと教えられた。
その後、大人になってから「音を均等な周波数で分割する」と理解したが、当時は何のことか全くわからなかった。
「シ」まで行くと、また「ド」に還る。
この繰り返し、繰り返し。
先日孫娘が遊びに来たので、発表会で弾くというショパンの曲を弾かせた。
小さな手を精いっぱい広げて、音を摘むのだが、うまく行かない。
そこで、音の構成と鍵盤上のリズムの取り方を教えて、繰り返しさせたら、一気に上達した。
初心者は、和音と倍音とかを理解したら、後は筋肉の鍛錬である。
わかったら上達は早い。
演奏は筋肉の鍛錬である。
我が家のピアノも、久しぶりに大きく響いて嬉しかっただろう。
高校の物理の授業で「音と波長」のことを学んだことがある。
Hzである。
テノールのHz・バリトンのHz・ソプラノのHz・・・と、音域で周波数の範囲が違うこともわかった。
周波数で分割すれば、人間の声も楽器だし、ピアノやバイオリンの音と同じである。
先日、高校生の孫が「自分の声を録音してHzに置き換えている」と笑っていた。
オルソンの「楽器と基音の範囲」の図形も知っていた。
世界各地の音楽の「差」
北欧・東欧を旅していると、寒くて長い冬を越さなければならない人たちが、一人で居るのは寂しいから、誰かといっしょに演奏しようとしたのではないか。
それが「合奏の世界」をつくったのではないかと思う。
ベートーベンの傑作の1つ「弦楽四重奏曲」などを聴いていると、寒い国の人々の生活と内面生活が透けて見えてくる。
トルコの古都コンヤは、イスラム教メヴレヴィ―(Mevlevilik)教団(旋舞教団)の本拠地だった。
いまは博物館になっている施設で聴いた音楽は、喜多郎のシンセサイザー「シルクロード」のテーマとそっくりだった。
スカートをはいた信者が、音楽に合わせてクルクル回転して踊るイスラム神秘主義(スーフィズム)は、トルコ革命で否定されたが、踊りは観光用に残っている。
ヨーロッパの音と異なる。
オスマントルコ時代のイエニチェリ軍団楽曲は、基本に「ズルナ」というラッパと「ダウル」という太鼓の組み合わせだが、一度聴いたら忘れられない独特の旋律を持っている。
印象的な音の世界がある。
「阿修羅のごとく」というテレビドラマ(向田邦子作)でなじみの人がいるだろう。
「スーホの白い馬」という民話は、モンゴルの馬頭琴(モリン・ホール)にまつわる悲しい話である。
私は、大塚勇三再話・赤羽末吉さん画の「絵本」が大好きである。
馬頭琴は、2弦をすり合わせて弾く。
チェロやバイオリンのような澄んだ音色にないノイズが含まれていて、奏でるメロディーは独特の「草原の風の音」である。
広大な土地に散在するパオの匂いがする。
むかし、旧ソ連支配下のブタペストのレストランで、ロマ(ジプシー)楽隊に囲まれたことがある。
ほとんどブタペストの街に日本人がいない頃だった。
彼らはバイオリンを主体とした独特の雰囲気で盛り上げてくれた。
また、高度なテクニックを駆使して「荒城の月」など日本の楽曲を弾いてくれた。
ビックリしたが嬉しかった。
この自由な芸人たちは、生活の中の喜怒哀楽をオトに代えて、ハンガリー音楽の一翼を担ってきた。
サラサーテのツイゴイネルワイゼン(=ロマの旋律の意味)は、その代表作の1つだ。
リストの「ハンガリー狂詩曲」や、ブラームスの「ハンガリー舞曲」を知っている人も多いだろう。
チャップリンも、この流れの人だという。
スペインのフラメンコ踊りも、ビゼーのカルメンも・・・。
アフリカの激しい太鼓や、中南米のマヤ文明を起源とする「オカリナ」の素朴な音色も捨てがたい。
宗次郎のオカリナ曲を聞くと、素朴とはいいがたいけれど音の中に風景がある。
音の世界に、上・下はない。
差異があるだけである。
差異を認め、大切にすることである。
私たちが始めなければならないことは、そこからであって、オトの優・劣・上・下を決めることではない。
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